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仙台市
若林区 日本の風景 飛行場空撮 霞目駐屯地
陸上自衛隊霞目駐屯地  常設展示機の変遷
陸上自衛隊霞目駐屯地 防衛館 飛翔
  思い出 逓信省仙台地方航空機乗員養成所の赤トンボ
思い出 1967年 東北大博覧会の展示機
陸上自衛隊LM-2 最後の展示

:現地に展示中のもの ×:過去のもの :現状不明

A2301 宮城県 Miyagi Prefecture 仙台市 陸上自衛隊霞目駐屯地
    
日本の風景 飛行場空撮 霞目駐屯地 主滑走路708m 芝滑走路400m  撮影2004/10 


 

陸上自衛隊霞目駐屯地の展示機 (表示等修正中)
 
2007年の状況 

 以下日差しが強くうまく撮れませんでした。なお、駐屯地記念行事において保存機展示エリアは開放されていませんでしたが、許可を 得て撮ったものです。 撮影2007/05/20  伊藤憲一



◎ 三菱LR−1(22008/NE) 

の経歴 

   
   
   

昨年夏ごろ、UH−1Bが展示されていた場所に新しく展示。このLR−1の22008号機は、退役前のごく短期間、Eの記号を付けていたのを除き、新造機での納入以来、ずっと霞目にいたと思います。

◎ OH−6D(31138/WH) 

の経歴 

   
   
   

従来と同じ場所に展示

◎ UH−1B(41569/NEH) 

の経歴 

   
   
   

昨年夏ごろ場所を移動し、再塗装され、所属記号をNHからNEHと書き直されて桜の木に囲まれて展示

 

 

2004/11/23現在 撮影2004/11/23  伊藤憲一

 川崎ヒューズOH-6D 31138 

の経歴 

   
   
   

OH-6J 31068があった場所に新展示
               2006/05現在姿を消しました。 2006/07現在復活

 川崎ヒューズOH-6D 31137 

の経歴 

   
   
   

記念行事展示 普段は格納庫に保管されている模様

× 川崎ヒューズOH-6J 31068 

の経歴 

   
   
   

従来の展示場所から移動 メインローター取り外し
                       2006/07現在 姿が見えない

 

× シコルスキーH-19C 40029 

の経歴 

   
   
   

 1976年ごろまで、霞目で最後まで使われていましたね。用廃直後から展示されていると思われますので、25年以上と思います。 

 この機体は、陸上自衛隊機では数少ない、メインローター後ろに衝突防止灯付きです。30、31号機にも付いていました。27号機までは付いていなかった記憶があります。(28号機は不明)
 外観は、退役後28年ぐらいと、古いだけに、全体に光沢は無くなっています。しかし、OD色、文字の白、日の丸の赤等、それぞれの部分はしっかりと残っています。蛍光オレンジ帯部の塗装は、見た目には、通常のオレンジ色の塗装をあとから施したようにも見えます。また、テールスキッドの先端には、怪我防止のための緩衝物が巻かれています。
 キャビンの中に入れます。写真の1枚は、キャビン内から、前方斜め上方向を撮ったものです。操縦席が2席とも上に跳ね上げられているので、計器盤も見えます。2つの座席の間には、機首エンジンからキャビン上のメインローターに、後方斜め上方向に伸びる動力伝達シャフトのカバーが見えます。 
(2004/04記 伊藤憲一)

残念ながら2004年7月下旬に撤去されました。 伊藤憲一

撮影1991/8/3  門上俊夫 撮影2001/04/15  伊藤憲一
撮影2004/04/11  伊藤憲一

 
◎ 富士ベルUH-1B 41569 撮影2001/04/15  伊藤憲一

の経歴 

   
   
   

 1990年頃から展示されていたようです。これも、外観は、特に塗装面は、現役機と余り変わらないくらい程度はいいようです。

2006/05現在姿を消しました。07現在芝生広場に仮置き

撮影2001/04/15  伊藤憲一
撮影2004/04/11  伊藤憲一

× 川崎ヒューズOH-6J 31054 撮影2001/04/15  伊藤憲一

の経歴 

   
   
   

 本機は現在展示されていません。展示期間は、1993年頃〜2002年頃と思います。現在は同じ場所に別のOH-6Jが展示されています。(機番:31068 SU。OD色、白文字の旧塗装。)チェンジされた理由、また、31054の行方はわかりません。

 参考:31068は、10年程前から訓練用(?)として格納庫内にあったようです。2003年4月オープンハウス時、格納庫内に訓練用(?)として、OH-6D:31137 SU がありました。そのため31068が展示用に回されたとも推測されます。31054も外観の程度は良かったのですが。

 川崎ヒューズOH-6J 31068 撮影2004/04/11  伊藤憲一
外観は、全体が半光沢状態です、程度は良いと思います。
 操縦席及びキャビンに入れます。
× 川崎バートルKV-107U-4 51720 撮影1993/10/08/  伊藤憲一

の経歴 

   
   
   

展示期間は、1990年頃〜2000年頃と思います。OD色、白文字の旧塗装でした。撤去理由、行方はわかりません。

霞目のヘリコプターについて 伊藤憲一 2004/04/19記

 UH−1BとOH−6Jは、正門すぐ右脇に並んで展示されています。H−19Cはそこから約50m離れて、芝生広場の一角に展示さ れています。今の時期は桜に囲まれます。3機とも、説明表示板があります。内容が、やや簡素な感じもするのですが、機体は大切に扱われている感があります。

 H−19Cには、特に思い入れがあるのではないでしょうか。1963年にUH−1Bが導入され、1969年頃には、北部、東部、中部、西部の各方面ヘリ隊にUH−1Bが配備されていたようですが、霞目の東北方面ヘリ隊だけは、H−19Cのみでした。最盛期は1971年頃で、約18機のH−19Cがいました。
 機番は、06、07、09、10、12、13、15、16、17、18、20、21、22、23、27、29、30、31等だった記憶があります。

 1972年2月に初めて3機のUH−1Bが配属され、その後、−1B、また、新鋭の−1Hが増備されるにつれて、H−19Cは徐々に少なくなって行きましたが、最終的には1976年頃まで使われたようです。上述の18機は、その後、転属はしていないと思います。全て、霞目が終焉の地となったのではないでしょうか。
  なお、上述UH−1B3機は、41520、51、77でした。41577は、新造機で配備と思われますが、この機体は、翌1973年6月14日、山形県で演習中、数mの高度から、失速、墜落、破損してしまいました。そのまま用廃になったのか、航空誌等にもほとんど写真も載っていないようです。(私も撮影機会はありませんでした。)

 

 

  

A2301 宮城県 Miyagi Prefecture 仙台市 陸上自衛隊霞目駐屯地防衛館 飛翔
    
◎ 陸上自衛隊霞目駐屯地防衛館 飛翔 撮影2007/05/20  伊藤憲一

陸軍九五式1型乙練習機 赤とんぼ の模型(長さ、幅、ともに約50〜60cm)
 

 逓信省仙台地方航空機乗員養成所の機体 詳細は
 

仙台飛行場の金属製プレート 撮影2008/04/20  YS-11

額入り説明文から切り取り
海軍一式陸上攻撃機のプロペラ(金属性、鋳物?) 九五式1型練習機(通称「赤とんぼ」)のプロペラ(木製)
スピナー

 スピナーの説明文について
 正確には、プロペラ軸の先端に取りつける覆いで、フックは始動車の始動棒を引っ掛けてプロペラ軸を回転させるもの、とでも表現 すべきでしょうか。知覧にある疾風のように、これは日本陸軍機特有のスピナーであり、図示されている零戦など海軍機にはフックがありません。
 貴重な資料だと思うので、わかりやすく正しい解説 を行ってほしいのと、でき得れば寸法などから機種を探ってみていただきたいものです。(佐伯)

機銃掃射跡のある格納庫鉄骨

 

LM−1のプロペラ
霞の目飛行場の格納庫が仙台市交通局のバス車庫に 2006/09/21伊藤憲一

 航空に関する話題をひとつお知らせします。
 それは、戦後まもなくの話ですが、仙台市交通局のバス車庫に霞の目飛行場の格納庫を移設して作ったという話題です。ただし、写真は送れません。航空とは関連の無いHPで偶然発見したものです。

 このHPは、「仙台市完全非公認・仙台市営バスのページ」という、rondoさんという方が主宰されているものです。
 メニューの[昔のおもひで]→[バスのある光景]でたどり着きます。上から4番目、5番目の2枚の写真に車庫を解体している写真があり、これは、霞の目飛行場の格納庫を移設したというコメントがあります。この写真は手前の古いバスを見せるのが主題と思うのですが、私は、このコメントにもひっかかりました。
 なぜ、また、どのようにして移設したのか知りたくなったのですね。

 実は、これを発見したのは2年ほど前なのですが、これは、インターネット航空雑誌ヒコーキ雲の話題に値するものかなと思い、管理人のrondoさんに、私の実名を出し、貴誌を紹介させていただきました。そして写真提供をお願いし、また移設理由とその方法も分かれば教えていただきたいと申し出たのですが、丁重にお断りの回答をいただきました。
 確か、rondoさん自身の写真でなく提供写真であったこと。また、その提供者にも話をしていだだいたようですが、提供者自身もその写真の所在が不明との理由だったと思います。

 そこで、私も、仙台市交通局50年史などの書物や新聞などを調べたのですが、その範囲ではこの広瀬車庫は霞の目の格納庫を使用したとの話しは見つけられず、確証は得られませんでした。分かったことは、この広瀬車庫の開所は昭和25年、閉所は昭和52年とのことです。

 写真から見ると、確かに格納庫のような形をしているし、これが本当ならば、戦後まもなくの話でもあり、物資不足等の理由とも思えるのですがどうやって運んだのか非常に興味があります。それとも、このような例はこの当時、普通にあったのでしょうか。現在の陸上自衛隊・霞目駐屯地の格納庫から、広瀬車庫のあったところ
までは、おおよそ北西の方向、仙台駅をはさんで、約5.1kmです。

 まずは、このHP「仙台市完全非公認・仙台市営バスのページ」をご覧ください。ちなみにこのHPはローカル(一地方の公営バスを中心に扱っているという意味で)なものですが、延べアクセス者は150万人を超えており凄いHPと思います。