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土浦市  日本の風景 飛行場空撮 陸上自衛隊霞ケ浦駐屯地
陸上自衛隊霞ケ浦駐屯地広報センター
陸上自衛隊霞ケ浦駐屯地広報センターの石碑
陸上自衛隊関東補給処保存機
陸上自衛隊航空学校霞ヶ浦校教材機
 飛行船ツエッペリン伯号来航記念碑
   思い出 飛行船ツエッペリン伯号来航

:現地に展示または保存中のもの ×:過去のもの :現状不明

A3003 茨城県 Ibaraki Prefecture  土浦市 陸上自衛隊霞ヶ浦駐屯地   
       
日本の風景 飛行場空撮 霞ヶ浦駐屯地 滑走路550m 撮影2005/04/28

 

A3003 茨城県 Ibaraki Prefecture  土浦市 陸上自衛隊 関東補給処の保管機
       
◎ 関東補給処の保管機 撮影2009/05/17  MAVERIC

 
AS332L 00001 はと(退役機)                AS332L 00002 ひばり(退役機)
 
AS332L 00003 かもめ(退役機)               LR-1 22014(退役機)

OH-6

 

A3003 茨城県 Ibaraki Prefecture  土浦市 陸上自衛隊霞ヶ浦駐屯地   
       
◎ 陸上自衛隊 霞浦駐屯地広報センターの常設展示機

 浦駐屯地には海外派遣への資材を準備するなど後方支援任務の関東補給処と航空学校霞浦分校があります。立派な広報センターがあり、屋外の航空機や戦車はすべて開放で、自由に乗り込むことができます。

× ビーチクラフトT-34A 60502
× シコルスキーH-19 40013 
× シコルスキーH-19 40017 
× ベルH-13KH 30217 
× 川崎ヒューズOH-6J 31038 
× 富士ベルUH-1H 41609
川崎ヒューズOH-6D 31187
富士ベルUH-1H 41685
ヒューズTH-55J 61326
川崎バートルKV-107UA-4 51815
  スクラップヤード 土浦駐屯地にあったノースアメリカンSNJ(零戦)

 

× ビーチクラフトT-34A 60502(航空自衛隊 41-0325) 

撮影1980/11/02  インプラント 

60502の経歴

1954/12/27 c/nKD-15 航空自衛隊へ引渡 41-0325 
  第12飛行教育団
1964/05/15 I陸上自衛隊へ移管 60502となる
  航空学校岩沼分校 東部方面隊
1976/02/23 用途廃止
1978 谷津遊園へ貸出
  霞ヶ浦駐屯地へ展示 
  解体撤去
× シコルスキーH-19 40013 

撮影1980/11/02  インプラント 

40013の経歴

1958/01/16 c/n55/1143 陸上自衛隊へ引渡 40013 
  I東北方面ヘリコプター隊
1975/07/22 用途廃止
  霞ヶ浦駐屯地へ展示
  解体撤去

 

 


 

× シコルスキーH-19 40017 

撮影1980/11/02  インプラント 

40017の経歴

1958/03/20 c/n55/1164 陸上自衛隊へ引渡 40017 
  東北方面ヘリコプター隊
1975/07/22 用途廃止
  霞ヶ浦駐屯地へ展示
  解体撤去
× ベルH-13KH
× ベルH-13KH 30217 

撮影1980/11/02  インプラント 

30217の経歴

1966/09/28 c/n2098 陸上自衛隊へ引渡 40017 
  西部方面飛行隊
1979/09/14 用途廃止
  霞ヶ浦駐屯地へ展示
  解体撤去










撮影1984/10/21  インプラント 

 4年前には艶がありましたが、さすがに劣化し ています

× 川崎ヒューズOH-6J 31038 

撮影2002/09/06  SHADOW

31038の経歴

1972/03/31 c/n6339 陸上自衛隊へ引渡 航空学校  
1991/12/07 第3師団第3飛行隊で用途廃止
  霞ヶ浦駐屯地へ展示
2008/05 展示場から撤去
2008/12 解体公売

 

 

 




撮影2004/05/23  伊藤憲一

OH-6Jの合体メカか? 

 このOH−6J(31038)は、OD色、白文字の旧塗装なのですが、後部胴体が迷彩塗装となっています。この迷彩塗装部の左舷側前端に、シリアルNoの下4桁の「1102」?、又は、「1106」?の文字が消された痕跡があり、その上に白で1038」と書かれています。よって、この保存機は、31038の胴体後部に、別のOH−6Jのものを取り付けたようです。「110」までの痕跡ははっきりしているのですが、下1桁がはっきりしません。痕跡の一部からは、「2」、又は、「6」に見えるのですが。
  なお、右舷側は、「JG−11」を消した痕跡がありますが下2桁の位置は、31038本体側です。

  JARG2004によりますと、31102は用途廃止、31106は日本航空学園となっているので、31102の可能性大と思われます。(飽くまでも推測ですが。また、31106が、このように分割等されていなければ。)

  更に細かいことを言いますと、尾翼の安定板が迷彩塗装ではなく、蛍光オレンジの上に、OD色が上塗りされています。これは31038のものなのか、或いは、更に別のものなのでしょうか。 (2004/06/06 記クローズアップと数字スケッチ:伊藤憲一)

OH-6テールブーム左右の番号違い 理由は調査研究コーナー73参照 (2007/02/20追加)

◎ 川崎ヒューズOH-6D 31187 撮影2008/05/10  たいらあおば

31187の経歴

1987/09/19 c/n6493 陸上自衛隊へ引渡 第5旅団第5飛行隊 
  西部方面飛行隊で用途廃止
  霞ヶ浦駐屯地へ展示

 


 

 




無線機(の制御器)が取り付けられています。

× 富士ベルUH-1H 41609 NH

撮影2002/09/06 SHADOW

41609の経歴

1941609 c/n2098 陸上自衛隊へ引渡 
北部方面ヘリコプター隊 
1979/09/14 北部方面ヘリコプター隊で用途廃止
  霞ヶ浦駐屯地へ展示
2008/05 展示場から撤去
2008/12 解体公売

 

 

 



撮影2008/05/10  たいらあおば
展示場から撤去 ローター取り外し  その後、右操縦席ドアを小川B&Gセンターに展示してあるUH-1Hに転用した模様 A3006参照
 

◎ 富士ベルUH-1H 41685 

30217の経歴

1984 c/n41685 陸上自衛隊へ引渡 西部方面ヘリコプター隊 
  第1混成団第101飛行隊で用途廃止
  霞ヶ浦駐屯地へ展示

撮影2008/05/10  たいらあおば                   WH→TBを消した跡

フロートに空気を供給するためのニップルや、スキッドのフロート取付部が確認できます。
◎ ヒューズTH-55J 61326 SU

撮影2002/09/06  SHADOW

61326の経歴

1974/12/13 c/n298440 陸上自衛隊へ引渡 航空学校 
1976/07/10 航空学校宇都宮校で用途廃止
  霞ヶ浦駐屯地へ展示

 

 

 




撮影2008/05/10  たいらあおば 
再塗装

◎ 川崎バートルKV-107UA-4 51815 NH

51515の経歴

1978/10/30 c/n4113 陸上自衛隊へ引渡 西部方面ヘリコプター隊 
  第2ヘリコプター団第2ヘリコプター飛行隊
  第1混成団第101飛行隊
1999/11/16 西部方面ヘリコプター隊用途廃止
  霞ヶ浦駐屯地へ展示

撮影2002/09/06  SHADOW     沖縄向けに大きなスポンソンと機首にウエザーレーダーを装備

撮影2008/04/06  たいらあおば  再塗装


 

 

3003 茨城県 Ibaraki Prefecture  土浦市 陸上自衛隊
 
陸上自衛隊 霞浦駐屯地広報センター の展示品
 
◎ ハンザ ブランデンブルグ水上偵察機のプロペラ

 熊本県大久保神社A8519の木製固定ピッチ4枚羽根の調査から、ヒ式200HPは、ハンザ水上偵察機の発動機と判明しました。同偵察機は霞ヶ浦でも多数使われていました。(2006/10/14記佐伯邦昭)

撮影2002/09/06  佐伯邦昭
2002年撮影時の説明プレート


        

2008年撮影時の説明プレート

撮影2008/05/18  MAVERIC

日替わりメモ090126

○  霞ヶ浦駐屯地広報センター 特に紹介するほどの大きな事案ではありませんが‥ 

 MAVERICさんから送られてきたDVD画像の整理中に、2008年5月に撮影された霞ヶ浦駐屯地広報センター2階にある4翔プロペラを見て、おやっと思いました。ハブの所に貼ってある説明プレートです。実は、佐伯が2002年に訪れた時には、プロペラ(水上艇ヒ式200HP)とあり、案内の隊員に聞いてもどういうプロペラかよく分からなかったのですが、2006年に熊本県の大久保神社にあるプロペラの調査から、ヒ式200HPというのはハンザ ブランデンブルグ水上偵察機のプロペラと判明したので、そ の事情も付記して当該ページを書き改めておきました。 そうしたら、広報センターの現物もその表示に替えられました。陸上自衛隊が厳密に考証した結果でハンザ水偵のものと断定されたのか、航空史探検博物館を信用されたのかは存じません。いずれにしても当方にとって、ひいては正しい航空史という観点から喜ばしいことです。
 特に紹介するほどの大きな事案ではないとは思いましたが、こんな小さなことからも改めて航空史探検博物館の社会性を痛感 し、心をこめて編集しなければならないなと気持ちを新たにした次第です。


◎ その他の主な展示品の例 撮影2009/05/17  MAVERIC

 

3003 茨城県 Ibaraki Prefecture  土浦市 陸上自衛隊
陸上自衛隊 霞浦駐屯地広報センター の石碑  撮影2009/05/17  MAVERIC

武器補給処追憶の碑

 

関東補給処スクラップヤード
 
土浦駐屯地雄館 前にあったノースアメリカンSNJ 6172 撮影2008/05/10  たいらあおば



 

A3003 茨城県 Ibaraki Prefecture  土浦市 陸上自衛隊航空学校霞ヶ浦校
 
航空学校霞ケ浦分校の教材機 

川崎ヒューズOH-6D 撮影2009/05/17  MAVERIC

31140 31152 31170



× 川崎ヒューズOH-6D 撮影2005/05/14  ogurenko 

31128 31125 31131


 

× 川崎バートルKV-107U 
撮影1984/10/21  インプラント



 霞ヶ浦駐屯地開放の後で外から写しました。
上部構造がはずされていますが、注目すべきはその迷彩塗装で、陸自バートルの迷彩テストで塗られたようです。
 84年時点では空自、陸自ともにKV-107で用廃機はないので、これは海自の2号機8602を持ってきたのではないでしょうか。